三極管の魅力 [Output Tube Triode、Power Triode]


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三極管に目覚めた思い出

1974年(昭和49年)頃だったか”高三の頃”オーディオに覚め
暇さえあれば色々なオーディオ専門店へ入り浸る毎日に
その中の1店で、専門店の方(けっこう有名な評論家の方)
に巡り会ってからガラッとオーディオに関する考え方が変わってしまい
当時僕は初心者レベルだったので、スピーカーも沢山搭載した物が素晴らしい
と思ってたんですが(3ウェイや4ウェイスピーカー)
氏に JBL LE8T(エンクロージャーは山水製)を勧められ・・・えーーっ(゚o゚)
スピーカー1本じゃないのヨーーン(^;_;^)
プリメインアンプは Luxman(型番忘れちゃった)
レコードプレヤーは マイクロ精機、カートリッジは品川無線の MM型 だったかな
だが聞くのはロックばかり”ディープパープル””クリーム”...etc
物足りなくてバスをガンガン聞かせて聞いてたらガーーン
JBL LE8T の片方のスピーカーを飛ばしてしまっちゃった
山水へ修理に出した処、アメリカまで送り返すので戻ってくるのは
3ヶ月後との事・・・あわわーー

その間暇してた頃だったか、氏に西独シーメンス製スピーカー「オイロディン?オイロダイン」
を RCA 845 Single パワーアンプ、その時にプリアンプはどうだったか忘れちゃったけど
を聞かされて、第一印象は・・・なんやね・・・最低・・・ゴミ音じゃ・・・
だが不思議と、日に日にその時の音がメチャクチャ忘れられなくなってしまい
ついにトライオード(三極管)に填り始める事に。

その時の「オイロディンスピーカー」の構成は
4m × 4m の板に装着されてて、裏は裸(一般的な箱形じゃないのよ)
バッフル版のみ、設計も数十年前という代物

三極管に填りはじめる

「オイロディンスピーカー」も強烈だったが RCA 845 というトライオード管
の超素晴らしい事、調べてみると 1945年当時の真空管らしい
サイズもデカイ・・・馬のチ○ポコみたいだし
プレート電圧も 1,000V〜1,200V という凄さ

その頃に”魅惑の真空管(著書:[現時点では故]浅野勲先生)”という雑誌に巡り会う
先生はこよなくトライオード管を愛しておられ、管に優しい設計理念に肝銘し
ドップリと填ってしまい、氏の講演の際に何度かお会いしに
というよりは、熱烈ファンが強引に合いに行くって感じかな?
当時、神戸にトライオード管を輸入してる業者があり
トライオード管を注文する金策の為に
勉学はそっちのけで肉体労働の高額アルバイトに、単位は足らなくなるわ・・・
連れ達に、はたまた弟(当時まだ小学生)にまで金借りるまでに
初めて買った管は確か 6B4G(2A3互換)のペアー管を 4本
ペアー管 4本購入って事は、プッシュプルステレオを当時考えていた様ですなあ
まだまだトライオード管マニアになったものの、パワー優先派ですなあ
今思うと、先生の理念はまだまだ理解してないわな(笑)
だが徐々に音はパワーじゃないんだと少し理解し始めてきた様子
バイトバイトに明け暮れたお陰で受験は見事に失敗し浪人生活が始まるが
素晴らしいトライオード管を鳴らすにはダンピングファクターが低い
スピーカーがあれば・・・
気がついたらローン組んで ALTEC A7(将来 A5 にアップする予定で
エンクロージャーは(828B)に、ウーファーは A5 用の515Bに) +
Luxman CL35U + Luxman MQ-60C を購入
MQ60 Custom はダンピングファクターが[8]と超低いので
当時はダンピングファクター狂騒で(如何に高いかで)
まだまだ止まらず、ターンテーブルは英国ガラード401(301は高すぎてチョット無理)
アーム(ピックアップ)は SME 3012 + カートリッジはシュアー、エンパイヤー
オルトフォン...うーーん後はもう社名忘れちゃったなあ・・・

京都にきてからも
Luxman CL35Uを改造する為に、大阪恵美須町の専門店でイコライザ用
コンデンサのサイズ指定(ピコファラド)を双信電機へ注文したり
当時双信電機はインテルサット(通信衛星)用コンデンサを製造してたメーカーで
ALTEC A7 に JBL 2405 + JBL ネットワーク、ALTEC 288-16G 中高音ドライバー
にアップグレードして行く
ここら辺から趣味に異変が

シャープMZ80(CPU:Z80使用)を購入した頃から、当時はまだ8ビットの時代で
マイコンと言ってたのですが、填りはじめて
学生の頃、電算センターで大型電算機は何度も使用してたんんだけど
その頃にはパソコンになんて・・・全然魅力感じて無かったんですけどねえ

そうこうしてると世の中は NEC 9801 の時代に突入
OSは MS-DOS、Ver 2.11〜Ver6.3 (6.3はPC-DOSだけだったかな?)
パソコン通信のホスト開局したのが、趣味完全転向のきっかけですかねっ
その後、パソコンの次作に目覚め、今では市販品パソコンでは満足できなく
なってしまい、我が家のパソコン群はノートパソコンを省くと全て自作機に
気がつくと使用OSも FreeBSD、Fedora、Windows xx、Macintoshi

つう事で現在に至っておる次第です。
先日、某顧客に蓄音器を多数コレクトしてるのでホームページで公開して欲しい
と言われたのが、今回長年眠ってたトライオード管を出してきて
撮影し、このホームページを開設したっつう次第ですわ。

これ以降はまだ思案中です・・・悪しからず

2009.08.18


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